観音霊場巡りの旅 閻魔大王の試験

閻魔大王の試験

閻魔大王の裁判を受ける為、一郎、二郎、三郎、四郎の四兄弟は閻魔庁に向かって、長い一本道を他の死者とともに静かに歩いている。 四兄弟の父である零太郎は裸一貫から出発し、一代で東京丸の内に持ちビルを有する会社を作り上げた。 しかし零太郎はかなりあくどいこともして会社を大きくしていった為、その評判はひどいものであった。 結局、零太郎は彼に恨みを持つ男に刃物で刺されて死亡するという悲劇的な最後を遂げた。

会社は一度は倒産の噂も立つほど業績が悪化したが、四兄弟が会社の経営権を握ると、業績は着実に上昇していった。 そして利益を積極的に社会貢献に使用した為、会社の社会的評判も上がっていった。 そんな矢先、彼ら四人は仕事で海外に行った時、交通事故にあい、不幸にも全員亡くなってしまった。

仏教式の葬儀で送られた人は皆、冥界にある閻魔庁へ行き、裁判を受ける。 そして、生前の行いにより、六道と呼ばれる六つの世界(天上界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界)のどこに生まれ変わるかが決定される。

人間は誰でも生前に悪いことの一つや二つしているので、閻魔庁に到着したほとんどの者は、 地獄界に落とされるかもしれないという恐怖に震えながら自身の裁判を待っている。 一方、四兄弟は様々な社会貢献をしていたので、良い判決が出ると疑わず、裁判に何の不安もいだいていなかった。 しかし、彼らの父親が散々悪事を働いており、その罪から
「零太郎から数えて三代目までの子孫は地獄界に行くことがすでに決まっている」
閻魔大王から裁判の冒頭でそう宣告されると、彼ら全員は真っ青になった。

何とか判決が変わるように、自分たちが様々な社会貢献をしてきたことを身振り手振りを交えて必死に力説した。 また年末年始には会社の行事として長年継続してお寺にお参りをしており、そこのご本尊である観音様からも判決の再考を懇願された。 閻魔大王は腕を組みながらどうしたものかとしばらく考えていたが、四人を地獄界で試験することにした。

まず、一郎が鬼に地獄界へ連れて来られた。 一郎は五感を通して体感する全てのものに恐怖し、両手で耳をふさぎ、目をかたく閉じ、息を止めたまま、しゃがみこんでしまった。
「前をよく見ろ」
一郎の背中を叩きながら鬼が言うのでその通りにすると、男が針の上で、もがき苦しんで助けを求めている。 その光景を見て、思わず目をそらしてしまう。
「男の顔に見覚えはないか?」
鬼の言葉に従って顔をいやいや覗き込むと、父、零太郎を殺害した犯人であった。 その男は人を殺めた罪によって地獄で苦しんでいるのである。
「次はもっと奥を見てみろ」
鬼の言葉に言われるがまま奥の方へ目を移すと、父親である零太郎が針の上で、同じようにもがき苦しみながら助けを求めているのが見えた。 零太郎もあくどいことをした罪で地獄で苦しんでいるのである。

しかし、いくら悪いことをしたとしても自分にとってはかけがえのない父親だ。
「助けてあげたい」
心の中でそう思った時
「助けてやってもいいぞ」
鬼が声をかけた。
一郎は、恐怖のためうまく歩けなかったが、父親のいる場所に移動し、父を針の上から下ろし、次に父を殺害した男を下ろした。 そして閻魔大王の前に再び連れて来られた。

「なぜ最初に父親を助けたのか」
閻魔大王は一郎に尋ねた。
「父親を最初に助けるのは子として当然です」
一郎のその答えを聞いて
「お前を修羅界に生まれ変わらせることとする」
閻魔大王は宣告した。

次に二郎が鬼に地獄界へ連れて来られた。 二郎も鬼に言われ、一郎と同じように父を殺害した男と父親が針の上で、もがき苦しみながら助けを求めているのを見つけた。
「助けてやってもいいぞ」
鬼は先ほどと同様に声をかけた。 二郎は父親のみを針の上から下ろし、父を殺害した犯人は助けなかった。 そして閻魔大王の前に再び連れて来られた。

「なぜ父親を殺害した犯人を助けなかったのか」
閻魔大王は二郎に尋ねた。
「子として、父を殺害した犯人を許すことはできません」
二郎のその答えを聞いて
「お前を畜生界に生まれ変わらせることとする」
閻魔大王は宣告した。

次に三郎が鬼に地獄界へ連れて来られた。 三郎も鬼に言われ、二人の兄と同じように父を殺害した男と父親が針の上で、もがき苦しみながら助けを求めているのを見つけた。
「助けてやってもいいぞ」
鬼は同じように声をかけた。 しかし三郎は二人を助けようとはしなかった。 そして閻魔大王の前に再び連れて来られた。

「なぜ二人を助けなかったのか」
閻魔大王は三郎に尋ねた。
「父を殺害した犯人を助ける気にはなれませんでした。 また父の悪行のせいで私たちは地獄界に行くかもしれないので父を助ける気も起きませんでした。 それに父は、私より他の兄弟を可愛がっていましたから……」
三郎のその答えを聞いて
「お前を餓鬼界に生まれ変わらせることとする」
閻魔大王は宣告した。

最後に四郎が鬼に地獄界へ連れて来られた。 四郎も鬼に言われ、三人の兄と同じように父を殺害した男と父親が針の上で、もがき苦しみながら助けを求めているのを見つけた。
「助けてやってもいいぞ」
今度も鬼は声をかけた。
「まず最初に父を殺害した犯人を助ければ、閻魔大王の心象が良くなる」
四郎は心の中でそう考え、先に父を殺害した男を針の上から下ろし、その後、父親を下ろした。

閻魔大王の前に再び連れて来られた時、
「なぜ最初に父を殺害した犯人を助けたのか」
そう聞かれると、
「閻魔大王の心象を良くしたかったからです」
四郎の口が自分の意思とは関係なく勝手に喋り出した。 慌てて両手で口を押さえたが無駄だった。 人間は閻魔大王の前では絶対に嘘がつけないのである。
「残念だが、お前は地獄界行きだ」
閻魔大王は宣告した。

四兄弟への判決が決まった後、
「どうすれば、人間界に生まれ変われることができたのですか」
彼らは異口同音に尋ねた。

すると今まで四兄弟の試験を静かに見守っていた観音様が閻魔大王の前に進み出て、
「私にも彼らと同じ試験を受けさせてください」
と、願い出た。
閻魔大王は大きくうなずき、観音様は鬼の先導で地獄界へ到着した。 そして針の上で、もがき苦しみながら助けを求めている二人を見つけた。 観音様が鬼の方を見ると、鬼はゆっくりうなずいた。 それを合図に観音様はまず零太郎を殺害した犯人を針の上から下ろし、その後、零太郎を下ろした。

閻魔大王の前に再び戻った観音様に対して
「なぜ最初に父を殺害した犯人を助けられたのですか」
四兄弟が閻魔大王より先に尋ねた。

「助けを求めている人々を見つけたら、彼らの国籍、性別、年齢、名声、富などに関係なく、いち早く助けることができる人から助けるのが当たり前の行為です。 今回の場合、あなたたちの父親を殺害した男の方が私の近くにいました。 だから先に彼を助けました。 もし仮にあなたたちの父親の方が私の近くにいれば、あなたたちの父親から先に助けたでしょう」
観音様は四兄弟に教え聞かせるように答えました。