坂東三十三観音霊場巡りの旅 円福寺(飯沼観音)

円福寺(飯沼観音)

寺伝

728年に漁夫の清六と長蔵によって利根川の河口より十一面観音像が拾い上げられ、やがて仮屋に尊像を安置しました。その後、弘法大師が巡錫した時に観音像を開眼し、観音様の慈悲と大師の修法力に心打たれた海上長者という豪族が壮麗な伽藍を建立しました。

巡礼記

訪問日:平成22年8月8日

JR銚子駅で下車し、駅の正面の道を真っ直ぐ歩くと「銚子駅前」交差点に到着します。そこを右折し、真っ直ぐ歩くと「馬場町」交差点に到着し、そのすぐ近くに円福寺(飯沼観音)があります。二十八番札所の滑川観音と同様に、最寄り駅から約1.5キロの距離にあり、道順も分り易いです。

JR銚子駅から歩き始め、途中にあるヤマサ醤油工場から出る醤油の匂いを嗅ぎながら歩いていると、馬場町交差点に到着し、この近くに飯沼観音があるはずだと思い、辺りを見渡すと五重塔が見え、早速、そちらに向かいます。

仁王門をくぐって境内に入ると、正面の阿弥陀如来像が目に入りました。阿弥陀如来像、観音堂、真っ青な空の景色がとても綺麗に感じました。また、本堂と青い空を見ていると、何か沖縄をイメージしてしまいました。

仁王門

仁王門

阿弥陀如来像と本堂(その1)

阿弥陀如来像と本堂(その1)

阿弥陀如来像と本堂(その2)

阿弥陀如来像と本堂(その2)

阿弥陀如来像と本堂(その3)

阿弥陀如来像と本堂(その3)

石段を上って、観音堂の外陣に入り、観音様にお参りをしました。中央に閉じられた厨子があり、その前に御前立の観音様が安置されていました。

石段の上からは阿弥陀如来像の後ろ姿が見えるのですが、たくましいお姿で、仁王門から入ってくる参拝者を歓迎しているように思いました。

次は五重塔です。案内によると平成二十一年に落慶したそうで、朱色がとても鮮やかでした。晴天、風のない時のみ、八日(薬師如来の縁日)の午前11時から12時、十八日(観音菩薩の縁日)の午後3時から4時30分まで開扉されるそうです。

阿弥陀如来像の後ろ姿と境内風景

阿弥陀如来像の後ろ姿と境内風景

阿弥陀如来像の後ろ姿と境内風景

阿弥陀如来像の後ろ姿と境内風景

飯沼観音は納経所が少し離れた場所にあります。元来た馬場町交差点に戻り、その道を更に下ると納経所を案内する大きな看板がありました。境内に入ると、目の前に大きな大師堂、その左隣に納経所がありました。

納経所で御朱印を頂く時、「観音様にはお参りしましたか」と尋ねられました。このような質問をするということは、こちらだけ訪れて、帰ってしまう人が多いからだと思います。観音様とご縁を結ばずに帰ってしまうのは本当に勿体ない事ですよね。

御朱印を頂いた後、閻魔堂、大師堂、龍神堂などを拝観して、満願寺に向かいました。


坂東三十三所観音霊場には番外はありません。しかし、飯沼観音の奥の院である満願寺は番外と言っても良いお寺だと個人的に思いますので、巡礼記を書きたいと思います。

円福寺納経所の前の道を更に下ると銚子鉄道の観音駅に到着しました。「観音」という名前の駅、素晴らしいですね。銚子電鉄に乗って、観音駅から犬吠駅まで移動しました。そして、犬吠駅から少し歩くと満願寺の仁王門に到着しました。

仁王門をくぐって境内に入ると様々な仏様が祀られており、それらにお参りしながら歩を奥に進めると本堂拝観入口となっている回廊堂がありましたので、そこから入堂しました。

回廊堂では、まず西国三十三所観音霊場を開かれた徳道上人が祀られていました。そして、七仏薬師、閻魔大王が祀られ、四国八十八ヶ所のお砂踏みができるようになっていました。

お砂踏みの後は本堂に出て、ご本尊の十一面慈母観音像が祀られており、こちらの観音様は飯沼観音のご本尊である十一面観音像の写しとして刻まれた像です。本堂から開山大塔にも行けるようになっており、最上階に釈迦三尊像、地下に虚空蔵菩薩像が安置されていました。

そして、右側の回廊堂で西国、坂東、秩父の百観音霊場のお砂踏みをして、お堂を出ました。

満願寺ではご本尊へのお参りはもちろんですが、四国八十八ヶ所と百観音霊場のお砂踏みもでき、充実した巡礼ができました。また、尾張観音巡礼の本を購入しました。様々な霊場の本を出版している満願寺は巡礼をサポートしてくれるありがたい存在です。

観音駅

観音駅

本堂

本堂

リンク集

円福寺ホームページ 円福寺公式ホームページ
満願寺ホームページ 満願寺公式ホームページ