観音霊場巡りの旅 虎目石

虎目石

昔、あるところに鷲、亀、虎が仲良く暮らしていました。彼らの姿形は今と変わりませんでしたが、その身体的能力は

  • 鷲は空を飛ぶことができない
  • 亀は泳ぐことができない
  • 虎は力が強くない

と、今より随分違っていました。

彼らは人や動物に関係なく全ての生き物に対して親切に接していたので、その評判は徐々に広まり、やがて天上界に住む毘沙門天のところにも伝わってきました。毘沙門天は動物が全ての生き物に親切にしているという話に興味を持ち、彼らの行動を自分の目で確かめようと思い、こっそり地上に降りてきました。

毘沙門天はまず大きな重たい荷物を背負った人間のおばあさんに変身しました。そして鷲、亀、虎の前を通りました。 彼らはおばあさんを見るとすぐに駆け寄りました。
「おばあさん、荷物が重くて大変でしょう。我々が代わりに荷物をお運びします」
おばあさんから荷物を受け取ると、彼らはおばあさんと一緒に隣の町まで行きました。

次に毘沙門天は人間の若い娘に変身しました。
「これから叔母の家まで行きたいのですが、その途中で悪い山賊がいるという山を通らなければなりません。一緒に来てもらえませんか」
彼らに警護のお願いをしました。
「お安いご用です」
鷲、亀、虎は即答すると、娘と一緒に山賊がいるという山に入りました。 山を歩いていると次第に周りが寂しくなり、何か音がしたかと思うと目の前に突然、山賊が現れました。

山賊は手に刀を持って彼らを脅しましたが、鷲、亀、虎は少しも怯えることがなく、勇敢に戦い、ついに山賊を追い返しました。 そして無事に叔母の家へ着くと、娘は彼らにお礼がしたいと言いました。
「お申し出は大変ありがたいのですが、自分たちは何か見返りを期待してこのような行動をしているのではありません。よって申し訳ありませんが、お礼は必要ありません」
彼らは娘の申し出を丁寧に断り、すぐに別の困った人の手伝いをし始めました。

毘沙門天は噂に違わぬ彼らの行動に感心し、何か願い事を叶えてやろうと思いました。 しかし、ただ願いを叶えてやろうと言っても、先ほどと同様に彼らは断るだろう。 しばらく考えていましたが、良い考えが浮かびました。

次の日、一人の少年が鷲、亀、虎の前に現れ、次のように言いました。
「私は王様の命令でこれから隣国の寺院まで行って、ありがたいお経を取りに行かねばなりません。 ところで昨夜、私は不思議な夢を見ました。夢の中に毘沙門天様が現れ、私にお告げを下さりました。 それによると、私はお経を取りに行くまでの間、三つの大きな課題に遭遇するそうです。 しかし、一番目の課題は鷲、二番目の課題は亀、三番目の課題は虎の手助けがあれば解決するとのことです。 但し、動物たちが今持っている能力では課題を解決することができないそうで、動物たちは解決するための願いを一つだけ言い、毘沙門天様がその願いを叶えることにより課題が解決するそうです。 また、願いはそれぞれ全く別の物でなければいけないそうです。 夢の中の話なので私も半信半疑ですが、どうか隣国の寺院まで私と一緒に行ってくれませんか」
鷲、亀、虎は少年の話を静かに聞いていました。聞き終わると
「我々が三つの課題を必ず解決します。ありがたいお経を一緒に取りに行きましょう」
少年に力強く答え、彼らはさっそく隣の国に向けて出発しました。

少年と鷲、亀、虎が一週間ほど歩いたところ、目の前に今まで見たことのない銀色の山が見えてきました。 その山の近くまで来るとそれは針の山でした。 一つ一つの針の先は鋭くとがっており、それを歩いて超えることは不可能のように思えました。 また針の山を避けて通ろうとしても、針の山はどこまでも続いており、避けて通るのも不可能のように思えました。
「これが一番目の課題だ」
彼らは口々に叫びました。

鷲はこの課題を自分が解決しないといけないので、どうしようかとしばらく考えていました。やがて
「解決するためのお願い事を思いつきました」
と大きな声で言いました。
「では、願いが成就する方法を教えます。やり方は簡単です。毘沙門天様の名前を叫んだ後、願い事を言えばいいだけです」
少年からそれを聞くと、
「毘沙門天様、私に空を飛ぶ能力を与えて下さい。私には羽根がありますが飛ぶことができません。もし飛べるようになれば、皆さんを針の山の向こう側まで運ぶことができます」
鷲は天に向かってお願いをしました。そしておそるおそる羽根を羽ばたかせると空を飛べるようになっていました。
「飛べます、飛べます。これでみんなを針の山の反対側まで運ぶことができます」
鷲は嬉しそうに叫び、みんなを針の山の反対側まで運びました。

少年と鷲、亀、虎が再び一週間ほど歩いたところ、目の前に大きな湖が見えてきました。 湖は前回の針の山と同様に避けて通ろうとしても、どこまでも続いており、避けて通るのは不可能のように思えました。
「これが二番目の課題か」
彼らは口々に叫びました。

この課題を解決するのは亀の役割です。亀は湖のほとりでしばらく考えていましたが、やがて
「解決法を思いつきました」
と大きな声で言いました。
「毘沙門天様、私に泳ぐ能力を与えて下さい。もし泳ぐことができれば、皆さんを私の甲羅の上に乗せて向こう岸まで運ぶことができます」
天に向かってお願いをした後、亀は湖に思い切って飛び込みました。そして手足を動かすと泳ぐことができるようになっていました。
「さあ、順番に私の甲羅に乗って下さい」
亀は嬉しそうに叫び、みんなを湖の反対側まで運びました。

少年と鷲、亀、虎が再び一週間ほど歩いたところ、目の前に川が見えてきました。 川幅は五メートルぐらいでしたが流れがとても急で、徒歩あるいは泳いで渡ることはできそうもありませんでした。
「これが三番目の課題か」
彼らは口々に叫びました。

この課題を解決するのは虎の役割です。川のそばには十メートルぐらいの木が立っており、虎はその木と川を見比べながら考えていました。
「虎はきっとあの木を切り倒すことができるような強い力を望むだろう。そして切り倒した木を橋として使い、みんなを反対側まで運ぶに違いない」
少年は虎の様子を見ながら予想していました。

やがて虎は何かを決心したように
「解決法を思いつきました」
と力強く言いました。
そして大きく深呼吸をし、天に向かって叫びました。
「毘沙門天様、私を石橋に変えてください。そうすれば、私以外のみんなが対岸に渡ることができ、お経を取りに行くことができます」
虎はそう言い終わると、あっという間に石橋に変わってしまいました。 天上界にいる毘沙門天の眷属は毘沙門天から動物たちがお願い事をしたらその願いをすぐに叶えるように言われていたのでした。

毘沙門天はビックリして、少年の姿から元の姿に戻って、石橋になってしまった虎の元に駆け寄りました。
「虎よ、なぜ木を切り倒すような強い力を望み、倒した木を橋に使おうとしなかったのか?」
虎はまだかすかに意識があり、か細い声で答えました。
「川と木を見比べた時、最初にその考えが浮かびました。 しかし、木も私と同じように生きています。 木を切り倒すことはその木の命を奪うことです。 私は木を切り倒さずに済む方法を一生懸命考えていました。 最終的に私自身が橋になればよいという結論になりました。 私がいなくなってもこれが最後の課題なので、ありがたいお経を手に入れることができます。お気をつけて……」
そこまでしゃべると、虎は完全に石橋になってしまいました。

毘沙門天はその言葉を聞き、自分自身を恥じました。
「虎よ、そなたは私よりもはるかに仏の心を持っている。 そなたが木を切り倒すと頭から信じて疑わなかった私はなんという愚か者だ。 そなたのような智慧と慈悲の心の持ち主は動物界の頂点に立つがよい。 私がその能力を与えよう。そして……」
毘沙門天は石橋となった虎から両眼を削り取りました。
「片方の眼は私が自分を戒めるために持っておこう。 もう片方の眼はこの地上に残し、それを持っている全ての者に幸運が訪れるようにしよう」
そう言い終わると、毘沙門天はゆっくりと天上界に戻っていきました。

毘沙門天が残した虎の眼は虎目石と呼ばれ、現在でも邪悪なものをはね返し、あらゆる物事を成功へと導くパワーストーンとして多くの人々に愛されています。