清水寺式観音
なぜ、清水寺の観音様は左右の腕を頭上に高く挙げているのでしょうか。それについて、以下のような話が伝わっています。
昔々のことです。まだ観音様が修行時代の頃の話です。観音様は悩んでいました。衆生の願いを叶えるのは良いことなのだろうかと。今も観音様の前で一人の男がお祈りをしています。
「観音様、観音様。どうかもう一度私を金持ちにして下さい」
先ほどからずっとそう言いながら、手を合わせています。実は観音様、一週間前に男の願いを叶え、お金持ちにしたのでした。しかし、男は手に入れたお金を全て賭け事に注ぎ込み、あっという間に元の一文無しに戻ってしまいました。
「衆生の願いを叶えるのは良いことなのだろうか」、
答えを見つけるため、観音様は旅に出ることにしました。
印度、中国を経て、日本に到着。そして、日本各地を歩き回り、やがて、京都にある音羽の瀧に差し掛かった時、不動明王に会いました。
観音様は不動明王に自身の悩みを話しました。不動明王は黙って聞いていましたが、聞き終わると、
「答えになるか分かりませんが、私がどのように衆生の願いを叶えているかお伝えしましょう。あそこをご覧下さい。ちょうど今、一人の男が私にお祈りするためにこちらに歩いています。お祈りする時の様子を見ていてくれませんか」
と答えました。
観音様は頷くと、少し離れた場所に移動し、様子を見守ることにしました。
しばらくすると、男が到着し、お祈りを始めました。すると、男の体から魂のようなものが抜け出し、不動明王が左手に持つ縄を登り始め、左の手のひらまで行きました。そこまで移動すると、魂のようなものは男の体に戻りました。
男が帰った後、観音様は不動明王に聞きました。
「魂のようなものが左の手のひらまで移動したのが見えたのですが、どうなっているんですか」
不動明王は大きく頷くと、ゆっくりと話し始めました。
「ご覧の通り、私の頭上には蓮の花があります。私はこの蓮の花の上にあまねく衆生を乗せたいと願っています。つまり、全ての人に仏になって欲しいと願っています」
「人はまず私が左手に持つ縄を登って、私の左の手のひらまで来ます。そこから腕を移動して、肩まで来ます。そして、私の垂らした髪の毛を登って、頭上に移動し、最後に蓮の花の上に乗ります。私は衆生が蓮の花の上に乗る手助けになるよう、願い事を叶えているのです」
それを聞いた観音様はスッキリした表情になり、
「不動明王様、ありがとうございました。私も衆生が仏になる手助けになるよう、願い事を叶えていきます。私は千本の手がある姿に変わることができ、願い事に応じて、衆生をそれぞれの手のひらに乗せることができます。そして、」
と言うと、左右の腕を頭上に高く伸ばし、
「そこから衆生がこの高く挙げた手のひらまで登れるよう手助けします。」
と力強く言いました。
それを聞いた不動明王は大きく頷き、
「互いに全ての衆生を仏に導きましょう」
と誓い合いました。
観音菩薩はその後も修行を続け、やがて悟りを開きました。しかし、全ての衆生を仏にするという誓いを実現するために、あえて菩薩にとどまり、今日も我々衆生を救っておられます。