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金沢文庫「春日信仰の仏像」講座を聴講しました

春日神霊の旅

金沢文庫では現在、特別展「春日神霊の旅」が開催されており、それに関連していくつかの講座が開催され、その1つとして「春日信仰の仏像」がありました。個人的に春日信仰には大変興味がありますので、是非、聴講したいと思い、事前申込みをしました。そして、幸運にも参加できることになりましたので、3月5日に金沢文庫を訪れました。以下、印象に残ったことを書きます。

金沢文庫と奈良

・金沢文庫称名寺は、鎌倉における奈良の窓口である。奈良(興福寺、春日大社)に残っていない史料も金沢文庫(称名寺)に残っていることがある。

「奈良に残っていない史料も金沢文庫(称名寺)に残っていることがある」のは凄いですね。

・春日大社の第一殿は鹿島、第二殿は香取と東国の神である。これらは軍神であり、東国に睨みをきかせる意味もあったであろう。東大寺創建時に九州の八幡神を勧請したのも同様の地方に睨みをきかせる理由であろう。

春日四殿と若宮

第一殿(不空羂索観音、釈迦如来)

・第一殿の本地仏は不空羂索観音であるが、鎌倉時代初期から釈迦如来がメインになった。
・不空羂索観音の興福寺南円堂の本尊であり、藤原北家にとって、南円堂は一番重要な建物であるため、第一殿の本地仏となった。
・しかし、釈迦信仰にあつい解脱上人が釈迦を第一殿の本地仏と主張し始め、鎌倉初期以降、主流となった。
・釈迦そのもので造形化されることは少なかった。仏舎利や釈迦の後継者の弥勒菩薩として造形化された。

「釈迦そのもので造形化されることは少なかった」というのは興味深いですね。明確な理由は分かっていないとのことなので、今後の研究成果が待たれます。

第二殿(薬師如来)

・関連遺品が少なく、その中でも仏像は少ない。
・理由としては、第一殿の次のようなイメージがあるので、あまり信仰されなかったのではないか。

第三殿(地蔵菩薩)

・関連遺品が多く残っている。
・第三殿の天兒屋根命が藤原氏の祖先として考えられていたからであるが、地蔵菩薩が地獄から救ってくれる仏であるという理由が一番である。
・春日野の下に地獄があるという春日地獄が信じられていた。
・曼荼羅で右から第一殿、二殿、三殿、四殿、若宮と描かれ、第三殿が真ん中になるので、第三殿を一番信仰しようという考えもあった。

個人的には、春日の五柱の中では、第三殿の天兒屋根命(地蔵菩薩)を真っ先に思い浮かべます。

第四殿(十一面観音)

・第四殿を主に信仰する春日曼荼羅で、四角台座と錫杖が描かれているものがある。これは長谷観音を表しており、長谷寺が興福寺の支配下にあったからであろう。

若宮(文殊菩薩)

・彫刻は少なく、絵画が中心である。
・春日本地仏は来迎図として描かれることが多い。

最後に

春日大社の本地仏は興味深いなと改めて思いました。

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